縮減を楽しむ心の抱えみたい

僕は節約することが好きです。
けど、短縮贔屓というと、「ケチ」といった同義のようにとられぎみだ。
なんでもかんも貰うのはがまんして、みすぼらしい組み合わせを通して、ヘアもボサボサ、スーパーマーケットで見切り雑貨ばかりをあさる家計・・・そんなことであれば、確かにケチと言われても仕方ないですが、短縮は、少し違うと思います。

短縮で大事なことは、おもしろいという意気なのではないかと思います。
心のゆとりがある、と言い換えてもいいかもしれません。

短縮といって、ありがちなのは、「いつまでに、どんなに溜める!」という理念を練り上げることです。
けど、これがあまりに具体的かつ困難理念ですと、痛手が重く、恐ろしい感情になりやすいのです。
短縮は、いまいちやりすぎるという、それこそ胸がすさんでしまう。ケチとのラインが必要です。

例えば、正午に豪華な昼食を外部で食べてしまったから、夕食は冷蔵庫におけるコツで済まそう、とか、今月余裕のち三太陽を、いくらの返済でとどめようとか、気軽に立てられて、ちっちゃな理念がいいと僕は考えます。
達成できたら当然、自画自賛することは忘れません。歓喜をおおいに楽しみます。

こんなふうに心がけていらっしゃるせいか、短縮が全然面白いのです。
短縮を通じてたまったプラスをどうしようかというもくろみは只今ありませんが、それがまた、心のスペースになっている気がします。カードローン審査基準の詳細について